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2018年3月29日、CARトップ編集部より「ドリキン土屋圭市、プロの走り屋その半生」が出版されました。
ドリフト文化の元祖
日本、そして世界にドリフト文化を広げたのはドリキンこと土屋圭市氏。
そもそも、土屋氏はアンダーステアを嫌うドライバー。サーキットのコーナー入り口でフロントを入れてしまって、リヤタイヤがスライドしたらカウンターステアで修正するのが彼流のドライビングスタイル。
そして、土屋氏と切っても切れない関係の自動車はトヨタ「AE86」。AE86はTE71の足回りを流用して作った「繋ぎ」的?な存在であったかもしれません。
しかし、AE86は軽量コンパクトなボディでシンプルな設計。価格も安い。AE86のノーマルは「鈍」なクルマながら、各パーツを組み込むことで大変身が可能だったのです。
AE86の駆動方式はFRでホーシングというシンプルな設計ということもあり、リヤタイヤのグリップ力の限界は決して高くはありませんでした。
しかし、それが大いなる魅力であり、AE86は当時の若者の垂涎の的となったのです。
結果的に下町のヒーローとなったAE86をトヨタは予想だにしなかったのです。
D1グランプリ
D1グランプリ(全日本プロドリフト選手権)は土屋圭市氏と雑誌OPTIONの創始者である稲田大二郎氏により誕生したモータースポーツ。
ラリーのような路面のμが低い世界ではドリフトは普通の走法。しかし、ターマックでは派手にドリフトさせると車速が低下するため、オンロードレースの世界では用いられない走法。
ドリフト走法は速さを競うものではないため、D1グランプリでは各審査員が与える点数によって勝敗が決まります。
オリンピックに例えるならば、D1グランプリはアスファルト上のフィギュアスケートのようなものでしょうか。ちょっと無理があるかもしれませんが。
D1グランプリの審査員は競技車両の車速、ドリフト角度、ライン取り等、複数の審査基準から点数を与えることからも、競技車両の動き方が総合的に判断されるモータースポーツです。
異色の存在
土屋氏はモータースポーツ、そしてプロレーサーに対するイメージを大きく変えたことは間違い無いでしょう。
というのも、土屋氏のトークは軽妙かつユニークで、ドライブ中もあれこれと喋るキャラクターは「しゃべるドリフト」とも言われたほど。
そのようなタイプのプロレーサーは珍しかったこもあり、ベストモータリングDVDを通して彼の存在が知られていったのです。
このような土屋氏がなんと、今となっては還暦を迎えていることもあり、区切りとしてドリキンBookが出版されたのかもしれません。
「ドリキン土屋圭市、プロの走り屋その半生」の内容は土屋氏の経歴を中心に、数々のモータースポーツの活躍を改めて確認できます。
ちなみに、管理人ことMr.が20代の頃、ビートたけし、所ジョージ、土屋圭市氏の3人はぶっ飛んでいて「天才じゃない?」と思っていました。今となっては、この御三家は大御所と言えるのではないでしょうか。
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土屋圭市氏が現役レーサーの頃、出版された本の中で「PRIDE」と「ドリキン伝説」があります。土屋氏の現役時代のやんちゃぶりを窺わせる内容を懐かしく思う方がいるかもしれません。
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